ゆるしの心理学

心理学における「許し(forgiveness)」に関する論文や著作のあらすじとコメントをのっけます。

単著:復讐を超えて(1)

McCullough,  Michael E. (2008). BEYOND REVENGE: The Evolution of the Forgiveness Insrinct. San Francisco; Jossey-Bass. 

 

おおまかな内容

 生物学的遺産から規定されるのは、人間本性は「根本的にけだもの」であり「根本的に尊い」の両方であるということである。チンパンジーの進化的視点から見るなら、オス達はコミュニティの他のオス達に強い正のアタッチメントを発達させてきた。オス達の絆は彼らの縄張りを保持し他の親類たちを守る機能を果たしたが、同時に他のグループのメンバーへの反感を生み出す。チンパンジーは「仲間の心理学(coalitional psychology)」を持つ。人間も同じである。仲間への思いの「善性」と敵への思いの「獣性」は、人間とチンパンジーの両者にとって、許しと復讐という形で本性なのである。多くの人は、復讐を疾病のように考えている。この復讐の「疾病モデル」が精神医学の中で端的に示されるのが、カレン・ホーナイの”The Value of Vindictiveness”というエッセイである。そのモデルは、復讐と精神疾患を結びつけるという面では正しいが、しかし復讐の欲望が人々を狂わせるという点では誤りである。この疾病モデルにおいては、許しは治療となるが、これはよく広まった誤りであるといえる。復讐の欲望は、特定の不幸な人々が陥る疾病ではない。それどころか、それは自然淘汰によって形成された人間本性の普遍的特徴であり、人間という種が進化してきた古代の環境に適応的であるが為に、現在でも存在しているものなのである。これはジョセフ・バトラーやアダム・スミスの見方と同じである。それをここでは、進化論的な枠組みから明らかにする。復讐の能力は、人間の祖先にとって社会的問題を解決し、彼らを生き残らせることを可能にしたのである。進化における選別と伝達の中で、それは私たちの種に普遍的なものとなったのである。現在のレンズからすれば復讐は問題であるが、進化論的な見方からすれば復讐は解決であった。そして復讐への欲望と同じく、許しの能力もまた、自然淘汰によって作られた人間本性の本能的特徴であり、人間という種が進化してきた古代の環境に適応的であるが為に、現在でも存在しているのである。人は許すことで、壊れやすい関係は継続させることを可能にしており、加害が発生する以前よりも関係性がよりよくなり強くなることさえ生じるのである。ホモ・サピエンスは、愛情、信頼、相互的恩恵の絆を通して生き残ってきた協力的な種である。友を許すことは、力強いリソースを発見することである。好ましい関係を維持することは、新しいものをゼロから作り出すことよりも効果的である。人間以外の種でも、対人関係上での加害の後には不安と緊張を経験する。とりわけ近い関係においてでそうである。それらの種では、葛藤後の不安の発生は、個々に互いに利益ある契約を再構築することを促進し、ダメージを受けた、しかし依然として価値ある関係を前に進めるものなのである。近い関係ではない人を許すことは、近い関係の人を許すよりも困難である。しかし、まるで奇跡のように、ある人々はそれをなすことが出来る。異邦人や敵を許すためには、自然淘汰によって形成された、我々の愛する人、友人、近い関係者を許すことを助ける心と同じ心的なメカニズムを活性させる必要があるのである。われわれのコミュニティにより許しを勇気づけるためには、それらのメカニズムを活性化させるように社会的な状況を整えなくてはいけない。われわれは、本性を常に「不自然に」起こすことが出来るのである。われわれの発達した脳が我々自身の状態を観察することを可能にするため、われわれは社会を復讐よりも許しを促進するように整えることが可能にすることができるのである。

 復讐とは、その人自身が害されたという感情に反応し、その傷つきを修復しようとする行為ではなく、即時的な直面化によってそれを止めようとするか、物質的な利益を得ようと、誰かを害そうと試みることである。もし人々が自分のことを現実的に見ようとすれば、いかに許しが難しく、復讐への欲望が表面に上がることが簡単かを認めるであろう。更に言えば、深刻にトラウマ化された出来事について感じることを考えれば、許しはとても困難なものとなる。オランダの学生に害された特定の経験を想起させると、64%の学生が復讐への欲求を認めたという。深刻に傷つけられたのであれば、復讐を試みるという欲求は強く生じることになる。コソボでのエスニック・クレジングへの被害者は強く復讐を希求している。もし社会が安定していれば許しは生じやすいが、それが不安定になればより復讐へと傾く。科学者は人間の攻撃性を、他の人を害したいという欲求に動機付けられた行動だと定義している。長年の間、社会心理学者は人間が見知らぬ人を自発的に傷つけようとすることはまれであると調べてきた。チンパンジーのように、明確な理由がなくとも見知らぬものを傷つけようとするではなく、人間は見知らぬ人を尊敬と寛容、そして協力の精神で理由はなくとも扱うのである。実験室の中において最も攻撃性が表出されるのは、「引き起こされた攻撃性」ないしは自分自身が傷つけられた後の攻撃性である。しかし例え怒りが引き起こされても、すぐに狂戦士となり無実の他者を傷つけ始めることはないのである。結論としては、誰かがあなたを害することを確実にするには、先にその人を害することである。復讐への欲望は、依然として人が殺しあう重要な理由となっている。筆者によれば、おおよそ20%の殺人に復讐は関与している。とりわけそれは、学校で生じる殺人の大きな理由になっているとされる。戦争も同じである。より社会が複雑になれば、戦争の理由もより複雑になるとされるが、しかしそれでも復讐が戦争の中で大きな位置を占めていることは確かである。それはさらに、国際的なテロリズムにおいて鮮明になる。ほとんどの人が、自分自身を寛容で許しに溢れていると見ることを臨んでいるが、しかし復讐の欲求は彼ら自身が被害者であり、疎外され、批判され、敵意に晒されていると感じるときに、表面に浮かび上がってくる。しかしその破壊的な側面だけでなく、それが解決として機能する側面も見なくてはならないであろう。

 復讐への欲求は普遍的なものであり、それは人間が経験する大きな痛みと暴力への非常に重要な動機である。しかし同時に、傷つけられた時に復讐の体制を整えることは、普遍的な人間の特徴なのである。人間が適応してきた古代の環境にあった復讐の機能とはなんであるのか。古代の世界は、少しの才覚、少しの親類、少しの親友が、トラブルが生じた時に助けとなるリソースである。その中で子孫を残す点で、復讐は利するものとして働いてきたのである。進化論的に考える上で、「適応(Adaptation)」は重要な要素である。では、いかに復讐が破壊的であり無意味であるように見えるのに、遺伝的な意味で適応となり得てきたのか。それがもし本当に適応的であるなら、そのデータは適応的な問題に対してそれが解決してきたという、一貫したストーリーが提供されるべきである。許しを適応として概念化するならば、まずは我々の祖先が一体どんな社会的問題に適応しようとしたかを理解しなくてはならない。そこには三つの大きな可能性がある。一つ目は、まず、復讐は二度目の攻撃をためらわす効果がある。われわれはもし誰かに傷つけられたのであれば、それが再び生じることを防がなくてはならない。復讐の本質を、進化論の生物学者は「適合を縮小させる報復的罰」と定義し、動物に広まっているとする。復讐の能力は、攻撃者にその犯罪は割に合わないことを教えるものなのである。報復の恐れは、攻撃性を後退させることができる。攻撃のターゲットが報復の機会を持っていると知らせることは、攻撃が起こることを大幅に減らすことを可能にするのである。二つ目の効果は、まずそもそもの攻撃をためらわせる効果である。我々の祖先は、集団で暮らしており、そのため攻撃的な他者と出会ったならば、それは直ぐに集団的な知識となるものであった。実験室においても、被害者は攻撃者に対して、その攻撃を観察している他者がいるときにより強く反撃する傾向がある。すなわち復讐は、それを観察する他者に自らを攻撃するコストを意識させることになり、彼らからの攻撃を防ぐ効果があるのである。これは人間の「名誉」の意味をまた説明するものである。時に人間は、名誉をかけて殺したり殺されたりする──もし一度名誉が失われば、すぐに近隣者が優位性をとってしまうような社会においてはよりそうである。これは、アメリカの北部と南部の学生の間の差異から明らかにみられることである。三つ目の効果は、復讐がおそらくは人間の恊働を促進してきたということである。人間の社会は、多くの協力から成り立っている。しかしその協力にコストなしに益を得ようとするのが、「フリーライダー」の問題である。この問題を解決する手法の一つが、「利他的な罰」である。それは違反者にあるコストを背負わせることによる罰則である。この利他的な罰を促進する心理学的メカニズムが、フリーライダーが人々を怒らせることであり、それへの罰によって人々の気分が晴れるのである。継続的なフリーライダーへの罰は、大きなスケールでのグループの協力を促進する。罰の能力がなくては、大きなスケールでのグループの協力は生まれない。しかしながら、フリーライダーへの懲罰の能力によって、それは進化論的に問題のないものとなるのである。

 

コメント

社会心理学社でゆるし研究をリードしてきたマッカローによる著作。進化心理学の視点から復讐とゆるしの関係が論じられていきます。続きます。

 

URL(google books)

https://books.google.co.jp/books?id=daomTGYZuW4C&redir_esc=y