ゆるしの心理学

心理学における「許し(forgiveness)」に関する論文や著作のあらすじとコメントをのっけます。

論文:許しの心理学(1)

McCullough, M. E., Pargament K. I., & Thoresen, C. E., (2000). The Psychology of Forgiveness History Conceptual Issues, and Overview. In M. E. McCullough, K. I. Pargament, & C. E. Thoresen(Ed.), Forgiveness: Theory, Research, and Practice. New York: The Guilford Press, pp.1-14.

 

大まかな内容

 フロイトの慧眼はほぼすべての心理学的概念に光を照らしたが、許しについてはほとんど何も触れていない。同じことが、ジェームズ、ホール、ソーンダイク、ターマン、オルポートいった人たちに言える。また、ユング、ホーナイ、アドラーフランクルといったメンタル・ヘルスの領域におけるリーダーたちも同じである。これは単に彼らがもっと他の重要な概念に注目していたからであるかもしれないが、許しと宗教の間の伝統的な関係の強さから社会科学はそれを扱うことを嫌厭したのかもしれないし、許しに関する信頼のあるデータを集めることが困難であったかもしれないし、また20世紀がおそらく人類史上で「最も許さない世紀(the most unforgiveing century)」であったからかもしれない。

 心理学・社会学における許しの研究の歴史は、大きく二つに分けることができる、最初の世代は1932年から1980年のおよそ50年間であり、ここでは多くの理論的な研究や控えめな実証的研究によって許しの様々な側面に光があてられてきた。1930年代から、ヨーロッパやアメリカで人間の現象としての許しについての議論が重ねられてきた。その中の一人がピアジュ(1932)である。また、初期から牧会カウンセラーや宗教に関心のあるメンタルヘルスケア従事者は、許しが健康に利するように働くと明言していた。そのなかでも、Emerson(1964)の研究はおそらく最初に許しとメンタルヘルスやウェル・ビーイングとの関係を科学的に明らかにしようとしたものである。またHeider(1958)の『対人関係の心理学(The Psychology of Interpersonal Forgiveness)』で許しについて多く言及されており、1970年代には人間の価値の中において許しはその一つとして位置づけられている。また、1980年にはアクセルロッド(1980)が囚人のジレンマ実験の中で許しが果たす役割の重要性について報告している。このように1932年から1980年にかけて、多くの心理学の領域で許しについては言及されてきたものの、それは断片的なものにとどまるものであった。

 次の世代は1980年から現在までである。この20年間には、それまでと比べより集中的で真剣な検討が許しの概念について行われることとなる。それは、発達心理学、カウンセリングと臨床心理学、そして社会心理学の領域で主に研究されてきた。Enright, Santos, and Al-Mabuk(1989)は、許しの理論的発達を明確にコールバーグの道徳性発達の理論に結びつけて論じており、Enrightを中心として許しと道徳的発達の関係について研究が進められることとなる。そして1980年代以降の許し研究が、それまでとは異なるのは、許しとメンタルヘルスの関係のポテンシャルについての強い関心というものが挙げられる。重要な概念的研究や多くのジャーナルが臨床家たちによって書かれることになり、1990年代中ごろからは、許しを促進するような方略を用いたカウンセリングやサイコセラピーの実証的研究が科学的なジャーナルにおいて行われることとなった。また1980〜90年代において、許しの社会心理学的原理についても研究が進められることになる。そこでは人々の攻撃者を許そうという意思は、責任、意図性、動機(Darby & Schlenker, 1982)や加害の深刻さ(Boon & Sulsky, 1997)といった、社会-認知的な特性によって説明できるとされ、また新たな理論が「人格社会心理学(personality and social psychology)」の分野で提案されることとなる

 そして最も重要な出来事は、John Templeton Foundationが許しの科学的研究に多額の資金を提供をしたことである。これにより多くの科学者が資金を手にすることができ、多くのプロジェクトが開始されることとなったのである。

 

コメント

 前回と同じくMcCulloughによる許しの概論から。著作は2000年に出版されたものであり、ここは許し研究の概観が書かれた部分。初期の偉大なる心理学者たちから、不自然なほどに許しの概念は無視されており、その後も本格的に議論されることはなく、集中的な研究が始まったのは1980年代からであるという話。しかしその火付け役はなんであったのかというのはこの記述からだけだと疑問の残るところである。ポジティブ心理学に本格的に注目が集まる前の話ですし。が、のちにWorthingtonがそのあたりのヒントをくれるのである。

 

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